夜明けの美結

自分らしくあるがままに!私の成幸マインドブログ

非行少女になった夜

16歳、私は非行少女でした。

 

自分で言うのもなんですが、私は根本的にすごくマジメで優しい人間なんです。

 

でも当時の私は誰かを困らせることで、自分の存在を確認していたのです。

 

正直、悪いことをしていると誰かに何かを仕返ししてるようで気分が晴れた。

 

その誰かは主に親になるんだけれども、私の非行で右往左往する親の姿をみると申し訳なさよりも

(ざまーみろ!)

そんな復讐心にちかい感情が蠢(うごめ)くのです。

 

 

子供時代の私の家はかなり大きく裕福でした。

親は世間体を気にする人で由緒ある家系と自負しながら、何かにつけ親戚たちの顔色を伺っていました。

それもあったのか両親は、ますます症状が強くなる私をあからさまに嫌悪しました。

 

一生懸命病院通いをしてくれた父は、私の症状を目の当たりにするとマネをするようになりました。

 

母は一度包丁をもって私を追いかけたことがあります。

 

きっかけは何かで呼ばれたのに私が直ぐにいかなかったことです。

家庭科の宿題で編み物をしていました。

そこへ包丁を持った母が飛び込んできました。

(ヤバい)

そう感じた私は咄嗟に逃げました。

スキを伺いながらテーブルの周りをグルグルと逃げました。

何とか部屋を出た私は震える足で階段を駆け上りましたが、それでも母は追いかけてきます。

 

「お前を殺して私も死ぬ!」

 

後ろで母が叫んでいました。

私は二階の自室の窓から外へ出ると、そっと自転車を出して近くの繁華街まで一気に走らせました。

 

夜の9時頃だったと思うのですが、靴を履いていない私は目立たないように暗がりをフラフラと彷徨いました。

14歳でした。

今までそんな時間に一人で繁華街に来ることなどなかったので恐さもあったのですが、夜の街がとても新鮮に見えたのを覚えています。

 

2時間ほどうろついて家に帰りました。

塀をよじ登り(子供の頃は身軽で猿並みの運動神経だったw)出てきた自室の窓からこっそりと中へ入りました。

鍵は締まっていませんでした。

 

家では父が仕事から帰っていましたが、きっと部屋に居ると思っていたのでしょう。

こんなことがあったことなど微塵も知らない様子でした。

母は私を心配するどころか寝ていました。

 

唯一安らげるはずの場所を完全に失って、孤独感と自分の存在への罪悪感で押しつぶされそうな夜でした。

枕で口を抑え号泣した私はそのまま眠りました。

 

次の日の朝おそるおそる顔を洗っていると後ろに気配を感じ身構える私でしたが、何事もなかったかのように振舞う母の姿を見て

(狂っている…)

そう感じずにはいられませんでした。

 

その後この一件はまるで無かったかのように封印され、私も恐ろしくて口にすることはありませんでした。

 

ただ記憶は騙せても私のなかのインナーチャイルドを騙すことは出来ません。

抑えれば抑えるほど存在を主張してくる、可哀そうな子供なのです。

 

 

 

最後まで読んでくれてありがとう!

美結